■2009年05月13日
●注意されると逆切れ…若造より始末が悪い
「連休でサービスエリアの食堂も長蛇の列。60代の男性が一番前に割り込んできて、注意されると『年寄りは立ってると疲れるんだよ』と怒鳴って入っていった。そして空いてる席に次々と荷物を置き、同じ年格好の仲間数人と宴会を始めた。みんなア然としてましたよ」
近ごろ、オジサン、オバサンを問わず、高齢者の傍若無人ぶりが目に余るという声が、若者ばかりか中高年にも強い。電車の中で大声で話す、込んでいるのに座席に荷物を置いて平然としている、優先席の妊婦に「立て!」とスゴむ。乱暴な自転車の運転で歩行者にぶつかっておいて、「気をつけなさいよ」と捨てゼリフ。GW中も電車内をゆで卵のカラやみかんの皮で散らかし、ゴミ袋を座席の下に捨てていった高齢者を見なかっただろうか。
こうした老人たちは、注意されると逆切れするのが特徴だ。
「箱根の植物園で、係員が立ち入り禁止区域にいるお年寄りを注意したら、『オレはカネ払ってるんだ。入場料で元に戻すのがおまえの仕事だろ』とメチャクチャなことを言い出した。結局、お巡りさんに連れて行かれてましたけどね」(家族旅行に出かけたサラリーマン)
百貨店や居酒屋などのクレーマーで多いのも60歳過ぎだし、コンビニでは年寄りの万引が急増。しかも店員に発見されても「ケチ!」なんて開き直るという。
「年をとってわがままになったのではありません。これまでマジメにやってきたのに、尊敬されるどころか、逆に邪魔者扱いされてちっともいいことがないと、世の中に腹を立てているのです。団塊世代のリタイアが始まったころから、乱暴な高齢者が増えています」(社会心理学者)
非常識高齢者、これからもっと増えそうだ。
確かに多いかも・・・
最近の若者も「キレる若者」って言われてるのに・・
どうなるんですか・・!?w
Posted by koyutan
■2009年05月12日
記事
↓
会議の席にあったので、ひさしぶりに「かっぱえびせん」を食べた。食べるうち、ふと、以前にどこかで聞いた噂を思い出した。
「かっぱえびせんに入っているのは、エビではなくオキアミである」
そんな噂だ。
よく考えてみたら、この噂の真相を今まで追及したことはなかった。なので、早速、追及してみた。原材料表示を見てみたのだ。
「えび」
ひらがなでそう書かれていた。 "えび"。オキアミなどではなかった。あの噂はあくまで、噂にすぎなかったようだ。
だが、ここで新たな疑問がわいてくる。 「"えび"って、なにエビだ?」
ひと口に"えび"といっても、その種類はさまざまだ。イセエビと芝エビでは同じ"エビ"でも、蛯原友里と海老名みどりぐらい違う。いや、今、エビちゃんがイセエビかどうかはさておき、問題は「かっぱえびせん」の原材料表示に書かれた"えび"の正体だ。
気になる。とても気になる。
だから直接、カルビーお客様相談室 に聞いてみた。
『かっぱえびせんの原材料の"えび"は、なにエビですか?』
担当者 え~っとですね、その"えび"というのは、「アカエビ」ですとか、3種類使われているんですね。
──ほかの2種類は、なにエビなんですか?
担当者 少々お待ちください。
3分ほど待たされた。
担当者 すみません、お待たせいたしました。え~とですね、「アカエビ」とですね、「サルエビ」、あと「キシエビ」「ホッコクアカエビ」の計4種類となります。
──3種類じゃないんですか。
担当者 申し訳ありません。こちらの間違いでした。3種類ではなく、4種類です。
まるでモンティ・パイソンの「スペイン宗教裁判」だ。
ちなみにエビの種類を詳しく書かず"えび"と表記してあるのは、時期によって漁獲量が変わるから、という答えだった。おそらくエビの配分が変わるのだろう。
ついでに、もうひとつ、ぜひ聞きたいことがあった。
──袋に描かれているエビは4種類のエビのどれかなんですか?
担当者 あれは、絵として描かせてもらっているだけなので、どのエビをってことではございません。
──じゃあ、あのエビはなにエビなんですか?
担当者 なんの種類とかはないですね。エビはただ描いてあるだけで。原材料のエビを描いているのではなくて、一般的なエビの絵を描かせてもらっているんです。
──ということは、あれは架空のエビとかではなく、何かのエビではあるけど、なんのエビなのか、わからないってことですか?
担当者 そうですね。なので、あのエビは「キシエビ」や「アカエビ」ではないということです。一般的なエビなんです。
そうか、あの袋に描かれているのは、なにエビでもなく、「一般的なエビ」なのか。 一般的なエビ。なんとも力強く新鮮な響きだ。この「一般的な○○」というフレーズは、いろいろ使えそうだ。思わぬ収穫だ。
キシエビ・アカエビってなんだw
ついでにお寿司でお馴染み「甘エビ」
これって泳いでる時点から「甘」エビな訳ないはず・・w
と思って以前おすし屋さんで聞いたが2、3人でゴソゴソ話して結局はっきりした答えは出なかった記憶が・・・(; ^-^A)
しかし、初めてエビを食べた人は勇気あると思うww
Posted by koyutan
■2009年05月12日
「なぜ日本代表のユニホームは青系が多いのか」。日本の2連覇で盛り上がったWBCを観ていて、そんな疑問を持った人もいたはず。侍ジャパンのユニホームは、藍色、赤、白の3色。赤と白は日の丸の色なのでわかるのだが、あの藍色、侍ブルーにはどんな意味があるのか。そういえばサッカー日本代表も、他国の代表チームの多くが国旗の色をベースにしているのになぜか青を使っている。
そこには明確な理由があったりなかったりする。侍ジャパンの藍色の場合、またの名を「褐色」といって、「勝ち色」とも書くことから鎌倉時代の武士が縁起物として好んで着ていた日本伝統の色。長野五輪では日本選手団の公式ユニホームの基調色にも使われている。そこで第1回WBCのときに五輪代表のピンストライプと区別する意味で藍色が採用されたのだが、サッカー日本代表の場合はその理由があやふやなのだ。
現存する日本代表のもっとも古いユニホームは1936年のベルリン五輪のときのもので、色はやはり青。その後、白になったり、あるいは赤になったりしながら、92年に当時の川淵三郎・日本サッカー協会強化委員長が青に戻し、そのままジャパンブルーとして定着。つまり、紆余曲折はあっても基本的に青だったわけだが、その理由は日本サッカー協会も「戦前の資料が残っていないため、わかりません」という。一般的には「青は日本の国土を象徴する海と空の色だから」と説明されることが多いが、これはあとから考えられた理由にすぎない。
はっきりしているのは青が日本代表にとってラッキーカラーだということ。たとえば、先のベルリン五輪では、初出場の日本が優勝候補のスウェーデンを1回戦で破って「ベルリンの奇跡」を起こし、大活躍。そのため青になったという説も根強いのだ。実際、赤や白の日の丸カラーの時代は苦戦続きでさんざんな成績に終わっている。侍ジャパンが「勝ち色」にこだわったように、勝負の世界で縁起のいい色というのはけっこう重要なのかもしれない。
なるほど・・
日本人は縁起物や験担ぎ好きだもんなぁw
日本人が好きといえば、池や水溜まり(特に観光地)には必ず小銭が入っているのはなんなんだろうか・・w
Posted by koyutan
■2009年05月12日
音楽の世界には、特別なバンドというものが存在する。2000年に突然活動休止してしまったHi-STANDARD、通称ハイスタもそのひとつだ。
全曲英詞というスタイルから、洋楽シーンにもっとも近いバンドとして認知されたということもあるが、それだけでは特別なバンドとはいえない。
海外の大物バンドともタメをはる存在感。個性的でエモ−ショナルな楽曲。ワン&オンリーなバンドだったからこそ多くの支持を集め、英詞では売れないという日本の音楽業界の常識をくつがえすヒットを記録したのだろう。
ハイスタとは何だったのか。ボーカル・ベースの難波章浩さんにあらためて聞いた。
「とにかくパンクが好きだったんですよ。もともとクラッシュとかのコピーバンドから始めたくらいだから。若いころは、ほとんど日本のバンドを聴いてなかった。本当に洋楽ばっかり聴いてたなぁ。なんで自分は日本人なんだろうと思ってたくらいで(笑)。だから、英詞で歌うっていうのは俺にとっては自然なことだったんだよね。速いビートに乗せて、メロディアスで、ラウドなギターが鳴って…っていうイメージは初めからあって。そういうバンドがやりたいってことでハイスタを結成したわけだけど、最初から海外のバンドと比べても負けないバンドというのが目標だったから。最初は観客も4人ぐらいしかいなかったけどさ(笑)。それでも全開で演奏したよ。そういう気持ちは忘れちゃいけないよね」
91年、難波さんとギターの横山健さん、ドラムの恒岡章さんを中心に結成されたハイスタは、次第に頭角をあらわし、94年にミニ・アルバム『ラスト・オブ・サニーデイ』でデビュー。海外のバンドとも交流が深く、GREEN DAYやOFFSPRING、NOFXといった有名バンドとツアーを回り、いつのまにか海外バンドのオープニングアクトといえばハイスタというポジションを獲得していた。
「当時は、海外のバンドと共演するようなバンドの数も少なかったからだと思うけど、本当にいろいろなバンドと共演させてもらいましたね。昔は、日本だとスタンディングでライブできる場所も少なくてさ。海外に行ったりすると、オールスタンディングでモッシュしたりしてて、文化が違うなぁって。パンクのライブなんて、いかに暴れにいくかじゃないですか(笑)。座って見る会場なんて絶対に嫌だと思って。スタンディングの場所を選んでライブするようにしてましたね。あとはチケット代も安く抑えてた。みんなに見てほしいけど、若いころってお金持ってないじゃないですか。なけなしのお金を使って見にきてくれるわけだからさ。思いっきり楽しんでほしいし、最高だったと思われるライブにしたかったから、いつでも全力でしたよ。ほとんどライブで利益を得たことはないですね」
そうした姿勢にもファンは惹かれたのだろう。97年リリースのアルバム『ANGRY FIST』は、オリコン3位を記録。99年には、アルバム『MAKING THE ROAD』をリリース。日本・海外を含め100万枚以上をセールスし、不動の人気を得る。2000年8月には、ロックフェスティバル『AIR JAM 2000』を企画。ハイスタは大トリとして登場。今では伝説として語り継がれるステージとなった。
「本当に最高だったな、あのライブは。俺もパワーをもらったもんね。自分が何かを与えてるって感覚はまったくなかった。みんなで同じ場所、同じ時間を共有できているっていうのが、ものすごく素晴らしいことだなって感じることができて…。正直に言うと、じつはあの時、バンドの状態はよくなかったんだよ。でも、やってみたらすっごくいいライブができたんだよね。だから、やったーって本当に思ったの。みんなに、よかったよ、ありがとうって言ってさ。絶対大丈夫だ、ハイスタはこのままいけるぞって。だけど、なぜかその後、うまくいかなかったんだよね」
『AIR JAM 2000』終了後、ハイスタは活動を休止する。
難波さんは、ひとり沖縄へ移住することになった。
ちょうど19、20歳頃ですね~。
歌詞のセンスや曲から伝わるパワー・・みんな大好きで、ハイスタ好きってだけで何人友達ができたことか・・・
ハイスタは私の青春そのものです♪
Posted by koyutan
■2009年05月11日
気になる記事発見!!
↓ ↓ ↓ ↓
そもそも「テポドン」は、ミサイルの本名ではない。「白頭山」がその正式名称であり、「テポドン」は、米軍の偵察機が初めて、このミサイルの存在を確認した地名が大浦洞(テポドン)であったことから名づけられた、コードネームなのである。だから、北朝鮮国内では「テポドン」といっても、ミサイル名としては通じないのだ。
との事・・・
メディアではもう当たり前のように言ってるし馴染んでるし・・w
まさか地名だったとは・・orz
そんな事より北朝鮮の今後の動きが気になるばかりだ・・・
Posted by koyutan
■2009年05月09日
携帯の待ち歌って・・
相手を待たせる間に曲を流して・・ってまあ解るのですが・・
歌と同じテンションで出て下さいッ!!ww
だいたいノリノリのサビが流れますが、その途中で電話出るんだから・・
寝起きでも頑張って下さいッ!w
以上ッww
Posted by koyutan
■2009年05月08日
毎日暑い・・
子供も夏という季節を思い出したようで
「プール入ろうよ~」と。
さすがにまだプールの気温ではないしなによりめんどくさいwので裸で遊ばせる事に・・
しかしビニールプールってほんとめんどくさいw
来週も遊ぶだろうとそのまま放置すると、2日で底がぬるぬるしてくる・・orz
だから、気合いれて1回ずつ洗って干してると、雨が降ってきたり・・ww
まぁ、かわいこちゃん達(古ッw)の為だ!
しょうがないネ・・(´з`)w
Posted by koyutan
■2009年05月05日
2日から、母が友達と九州旅行にきたので合流した♪
霧島~別府の行動を共にした・・
が、隣の県とはいえ高速が通っておらず、観光しながらなので1日の半分を車と共に過ごす・・といった感じでしょうかw
こんなとこで高速道路の偉大さを実感!
そりゃお金かかるし作る時間もかかるだろうな・・とw
ついでに、トンネルの作りかたに疑問を抱く・・
さらに、海底トンネルの作り方・・・w
検索ですぐ答えが出るのはなにかもったいないので、いろいろ妄想してから調べよう・・・(^з^)~♪w
Posted by koyutan


